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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)35号 判決

原告

有限会社誠信

右代表者代表取締役

友井耕作

右訴訟代理人弁護士

真砂泰三

宿敏幸

被告

前田浅一

前田由子

右両名訴訟代理人弁護士

田宮敏元

被告

大阪市信用保証協会

右代表者理事

阿部宰

右訴訟代理人弁護士

岡本宏

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告前田浅一(以下被告浅一という)は原告に対し、金七二三万一一四一円及びこれに対する昭和五九年一月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告前田由子(以下被告由子という)は原告に対し、金五五三万三四五一円及び昭和五九年一月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告大阪市信用保証協会(以下被告協会という)は原告に対し、金一二七六万四五九二円及び昭和五九年一月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件(一)土地という)は被告浅一の所有であり、これに隣接する同目録(二)記載の土地(以下本件(二)土地という)は被告浅一と被告由子の共有であつたところ、被告浅一と被告由子は昭和四三年九月九日株式会社池田銀行に対し、債務者前田産業株式会社のため、本件(一)及び(二)土地(以下併せて本件土地という)とともにその地上の被告浅一及び被告由子各所有建物計二棟につき根抵当権を設定(同年一二月五日その旨登記)し、その物上保証人となつた。

2  株式会社池田銀行は昭和五二年二月二五日右根抵当権の実行として本件土地及び右建物二棟につき競売の申立(大阪地方裁判所同年(ケ)第一一四号)をなし、原告は昭和五四年一一月一九日これを競落(昭和五五年一月九日その旨登記)し、その競売代金八二〇〇万一〇〇〇円を納付した。

3  しかるに、本件(一)及び(二)土地上には両地にまたがつて別紙物件目録(三)記載の建物(以下本件建物という)が存したので、原告はその所有者沢田行弘(昭和五二年三月三日保存登記経由)に対し、本件建物を収去してその敷地部分を明渡すよう求める訴(大阪地方裁判所昭和五五年(ワ)第一〇八二号)を提起したところ、本件土地の競落により沢田行弘は本件建物の敷地につき法定地上権(以下本件法定地上権という)を取得したとする原告敗訴の判決がなされ、この判決は昭和五八年三月八日上告棄却の判決言渡により確定した。

4  原告の納付した競売代金の額は本件法定地上権の存在を前提として算出されたものではないところ、本件法定地上権の価額は金一二七六万四五九三円であるから、原告は本件法定地上権の存在によりこれと同額の損害を蒙つたことになる。

5  そこで、原告は被告浅一及び被告由子に対し、いずれも昭和五九年一月一二日到達の本件訴状をもつて、原告が納付した本件土地等の競売代金から、右損害金の金額につき本件建物の本件土地占有面積及び本件(二)土地の持分率によつて按分した金額(被告浅一につき金七二三万一一四一円、被告由子につき金五五三万三四五一円)をそれぞれ減額するよう請求する旨の意思表示をなした。

よつて、原告は被告浅一及び被告由子に対し、民法五六六条一項を準用する民法五六八条一項に基づいて、右減額代金の返還を請求する。

なお、本件法定地上権が存在しても原告の本件土地等競落の目的が達せられないことはないので、原告は民法五六六条一項(五六八条一項)による契約の解除はしない。

6  被告浅一及び被告由子はいずれも無資力であるところ、被告協会は前記競売手続において配当(金二六六一万一九三三円)を受けた。

よつて、原告は被告協会に対し、民法五六八条二項に基づいて、右減額代金の返還を請求する。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

1  請求原因1ないし3の事実はいずれも認めるが、同4の事実は否認する。

2  同5の事実は認める。ただし、民法五六六条一項は契約の解除又は損害賠償の請求を認めているだけであるから、法定地上権の存在を理由として競売代金減額の請求をすることは許されない。

3  同6の事実のうち、被告浅一及び被告由子が無資力であるとの点は否認するが、被告協会が原告主張の配当を受けたとの点は認める。

三  仮定抗弁(被告ら)

1  原告は本件土地等を競落した際、本件法定地上権が成立することを知つていた。

2  しかも、原告が本件法定地上権の存在を理由として競売代金減額請求の意思表示をなしたのは、右競落登記の日から起算しても優に一年以上経過したのちのことである。

四  仮定抗弁に対する認否

1  仮定抗弁事実のうち、1は否認するが、2は認める。

2  原告が本件法定地上権の存在を知つたのは請求原因3の判決確定時であり、その後一年以内に競売代金減額の意思表示はなされている。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがなく、本件法定地上権が本件土地等の競落によつて初めて成立したものであるとしても、その成立の基礎となつた事実関係自体は既に右競落前から存在していたものであるうえ、本件法定地上権の存在によつて、競売の目的物たる本件土地の使用収益が制限されることにかわりはないのであるから、この場合にも民法五六六条一項を適用するのに妨げはないというべきところ、原告は、右請求原因事実を前提として、物上保証人たる被告浅一及び被告由子に対しては民法五六六条一項を準用する民法五六八条一項に基づき、本件法定地上権の存在によつて原告が蒙つた損害額を競売代金から減額すべく請求し、この減額代金の返還を求めるとともに、配当を受けた債権者たる被告協会に対しては民法五六八条二項に基づき右減額代金の返還を求める旨主張する。

二しかしながら、競落物件が法定地上権の目的であることを理由とする担保責任の追及は、契約の全部解除によることのみが可能であり、代金減額請求及び損害賠償の請求(ただし、民法五六八条三項の場合を除く)によることはできないと解するのが相当である。

以下、その理由を説示する。

(一)  代金減額請求について

競落物件が法定地上権の目的であることを理由とする担保責任は、民法五六八条一項、五六六条一項によるものであるところ、民法五六六条一項は契約の解除のほか損害賠償の請求を認めているが、代金減額請求を認めていない。これは、同条項の定める権利の瑕疵が、目的たる物又は権利の一部の移転不能といつた量的な瑕疵ではなく、用益を妨げる権利の付着という質的な瑕疵であり、かかる質的な瑕疵の存する場合には、契約の一部解除ということがありえないからである(代金減額請求の法的な性質は、目的たる物又は権利の量的な一部の移転不能を理由とする契約の一部解除であるとされている)。

他方、民法五六八条一項は代金減額請求を認めているが、これは、量的な瑕疵の存する場合、すなわち民法五六三条一項、五六五条に該当する場合には代金減額請求を認める(右の量的な瑕疵についてはその存否の判定ないし返還すべき代金額の算定が概して簡明であり、かかる場合にまで競落人の犠牲において担保責任を制限するのは妥当でない)とするものであつて、これをもつて、民法五六六条一項に該当する場合にも代金減額請求を認める根拠規定であると解することは到底できない。

よつて、競落人は、法定地上権の存在を理由として代金減額請求をすることができないというべきである。

(二)  損害賠償請求について

先にみたとおり、民法五六六条一項は契約の解除のほか損害賠償の請求を認めているのであるが、民法五六八条は三項の特別要件を具備する場合を除き原則として損害賠償の請求を認めていない。これは、競売が債務者ないし物上保証人の意思に基づくものではなく、債権者も物又は権利の瑕疵につきこれを知りうる立場にないことを考慮して、算定の困難な損害の賠償を認めてまで競落人を保護するよりも、競売の結果の確実性の要請を優先させたからにほかならず、したがつて、競売の場合には、民法五六六条一項に該当する場合であつても、原則として損害賠償の請求は認められない結果となる。

よつて、競落人は、原則として、法定地上権の存在を理由として損害賠償の請求もすることができないというべきである。

そうすると、執行裁判所の判断と相違して判決裁判所により法定地上権の成立が認められた場合であつても、競落人は、契約の解除をなしうるだけで、代金減額請求をなしえないのはもとより、損害賠償の請求も原則としてなしえないことになるが、予期に反する法定地上権の成立により契約の目的を達することができないときは、契約解除の原因となり、その解除権の行使によつて保護を受けられるのが通常であろうから、その余の場合には、競売の特殊性により、担保責任が結局制限されることになるのもやむをえないというべきである。

三以上の次第で、本件法定地上権の存在を理由として原告が主張する代金減額請求ないし損害賠償請求はいずれにせよ許されないといわざるをえない以上、原告の被告らに対する本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく理由がないというほかないから、これをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中田耕三 裁判官松永眞明 裁判官始関正光は転補のため署名捺印できない。裁判長裁判官中田耕三)

物件目録

(一) 大阪市浪速区日本橋東三丁目三番三

宅地 一四一・五七平方メートル

(二) 同所三番一二

宅地 二五七・五五平方メートル

(三) 同所三番地一二・三番地三

家屋番号 三番一二の二

軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建倉庫

床面積

一階 一〇七・一六平方メートル

二階 一〇七・一六平方メートル

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